大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和37年(あ)2476号 決定 1965年3月30日

主文

本件各上告を棄却する。

理由

被告人Xの弁護人田中幾三郎、同伊達秋雄、同天野憲治の上告趣意第一点は、単なる訴訟法違反の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由に当らない。

同第二点は、判例違反をいうけれども、原判決は、第一審判示の事実に照らせば、被告人Xの本件所為が刑法一七七条前段、六〇条、六五条の適用を受けることは勿論である旨判示しているにとどまり、何ら所論摘示の判例と相反する判断を示していないから、所論は、前提を欠き、結局、事実誤認、単なる法令違反の主張に帰し、刑訴法四〇五条の上告理由に当らない(なお、強姦罪は、その行為の主体が男性に限られるから、刑法六五条一項にいわゆる犯人の身分に因り構成すべき犯罪に該当するものであるが、身分のない者も、身分のある者の行為を利用することによつて、強姦罪の保護法益を侵害することができるから、身分のない者が、身分のある者と共謀して、その犯罪行為に加功すれば、同法六五条一項により、強姦罪の共同正犯が成立すると解すべきである。従つて、原判決が、被告人Xの原判示所為に対し、同法一七七条前段、六〇条、六五条一項を適用したことは、正当である)。

同第三点は、量刑不当の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由に当らない。

被告人Yの弁護人山本晃夫の上告趣意第一は、違憲をいう点もあるが、その実質は量刑不当の主張であり、同第二は、事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、いずれも同四〇五条の上告理由に当らない。

また、記録を調べても、同四一一条を適用すべきものとは認められない。

よつて、同四一四、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。(五鬼上堅磐 石坂修一 横田正俊 柏原語六 田中二郎)

弁護人田中幾三郎、同伊達秋雄、同天野憲治の上告趣意

<第一点省略>

第二点 第一審判決は、被告人Xの判示犯罪事実を強姦罪の共同正犯であるとして刑法第一七七条前段、第六〇条、第六五条第一項を適用し、原判決もこれを肯認している。しかし、第一審判決の認定が仮りに正しいとしても、同判示によれば、被告人Xは判示日時判示桃山において飲酒するうち嫉妬のあまり、Bを呼び出して夫との関係を糾問し夫の不貞を責める材料を得ると共に、自己の眼前で男に同女を強姦させて恥辱を与え、日頃のうつ憤を晴らさうと考えるに至つたものであり、さらにY、Z両名に対し「この女はいつもいい思いをしているのだから、今日はたつぷり可愛がつて二度と使えないようにしてしまえ、やつてしまいな」などど申し向けて同女を姦淫することを慫慂し、Y、Z両名はこれに応じてこの機を利して同女を姦淫しようと決意し、ここにおいて被告人三名は共謀の上、判示所為を行つたというのである。

右の判示によつて明らかなことは、被告人Xは、自己の前で他の男性にBを強姦させようとし、Y、Z両名にやつてしまいなといつて、同人らにBを姦淫することをすすめたということであり、被告人みずからBを姦淫しようとしたものではない。被告人は女性であるからみずから女性に対し強姦行為を行うことのできないことはいうまでもないから、そのような考えを起すはずはないのである。ところが、第一審判決は、被告人はY、Zらと強姦の共謀をしたとしているである。

共謀とは、共謀者がいずれも正犯として犯罪を実行することの謀議でなければならない。共謀とは、およそ犯罪を行うということに関する謀議のすべてを包含する概念であつてはならない。それは、共謀者の中の一人が犯罪を実行したかぎり、実行々為をしなかつた者も、共同正犯、つまり正犯として罪責を問われるにふさわしい実質をもつた謀議でなければならない。従つて、たとえば、甲乙二人が集つて、甲が乙に丙女に対して強姦を行うことをすすめ、乙がこれに応諾したとすれば、甲乙の話合は甲の教唆と乙のこれに対する承諾という意味をもつた話合にすぎないのであつて、甲乙間に、いわゆる共謀があつたということはできない。また甲乙二人が集つて、甲が丙女を姦淫することとし、乙が丙女を現場におびき出してくるとか又は丙女に多少の暴行を加えることにより甲の姦淫行為を手伝うことを話合つたとしても、直ちに甲乙間に強姦の共謀があつたとすることはできない。この場合甲にはみずから強姦する意思があるといえるけれども、乙は単に甲の強姦行為を容易ならしめる意思があるにすぎないからである。このように主観的意思を異にし、一方には正犯の意思があるも他方には従犯の意思しかない者の間に共同正犯成立の要件としての共謀があると解することはできないものといわねばならない。

「共謀共同正犯が成立するには、二人以上の者が、特定の犯罪を行うため、共同意思の下に一体となつて互に他人の行為を利用し、各自の意思を実行に移すことを内容とする謀議をなし、よつて犯罪を実行した事実が認められなければならない。したがつて右のような関係において共謀に参加した事実が認められる以上、直接実行々為に関与しない者でも、他人の行為をいわば自己の手段として犯罪を行つたという意味において、その間刑責の成立に差異を生ずると解すべき理由はない」とするが、わが最高裁判所大法廷の判例であるが(昭和三三年五月二八日言渡)、この判示によつても明らかなように、共謀とは、各自の意思を実行に移すことを内容とする謀議を指し、他人の行為を自己の手段とし犯罪を行うところに、単なる共謀者が実行々為を行わないにもかかわらず、共同正犯として処罰せられる根拠があるのである。そして、ここに各自の意思とか自己の手段というのは、自己が犯罪を犯さうとする意思を指すものであることはもちろんであつて、これを本件の強姦罪の場合にあてはめていえば、自己が強姦をしようとする意思を指すものであつて、自己が他の男性をして強姦を犯さしめようとする意思とか他の男性が強姦するのを容易ならしめようとする意思を指すものではないのである。そのような意思を有するにすぎないものは、共謀者として共同正犯をもつて律することはできない。繰返していえば、共謀共同正犯の成立の要件である共謀とは、単に共同犯行の認識というようなものではなく、いわば正犯の意思をもつて、すなわち自己の犯罪として、又は自ら犯罪を実現せんとする意思をもつて、他人と謀議する場合に限るべきであるということになるのである。そして、右の法理は、刑法第六〇条の規定する本来の共同正犯であるいわゆる実行共同正犯の主観的成立要件として共同加功の意思の場合においても同様であつて、ここに共同加功の意思とは、単なる教唆の意思とか従犯の意思を除き、真に正犯として共同加功する意思を指すものであると解しなければならないのである。

右に述べたところが正しいとすれば、被告人Xを共同正犯として問責することができないことは明白である。被告人XはY、Z両名の強姦行為の教唆犯又は従犯としてその責任を問わるべきものといわねばならない。

第一審判決によると、判示桃山の二階において、まず被告人XがBをその場に押倒し、両脚を押し拡げてYにその一方を押えさせたとされているが、第一審証人Bの証言によれば、Xが肩を押え、Yが足をおさえて少し横向に押し倒し、Yが足を押えて股を開かせたというのであつて、前記認定は証拠にそわざるものであつてその認定は誤りであるとしなければならない。もつとも、同証人は被告人Xが、Bの両手を押えつけていたと証言し、第一審相被告人Yも同趣旨の供述があるから、被告人XがY、Z両名の強姦行為の際被害者Bの手を押えたという事実は肯認しなければならないであろう。しかし、Yはそんなに強く押えていたわけではなく、反抗すれば反抗できたと思うが、Bはそんなに反抗しなかつたようですと供述しており、これによれば、被告人Xの行為は、強姦罪の構成要件としての被害者の反抗を抑圧する程度に至らなかつたともみられ得るのであつて、この程度の加功行為は従犯にすぎないとみるのが正当であると思われるのである。本件の起訴は、はじめ強姦罪の教唆を訴因としていたものであるがこれこそ本件の事実関係とこれに対する法的評価を正当に把握していたものといわねばならないのである。

尤も、第一審判決並びに原判決が本件に適用した刑法第六五条第一項の「身分ナキ者ト雖モ仍ホ共犯トス」という「共犯」の中には教唆及び従犯のみならず正犯も含まれるとするのが大審院以来の判例の趣旨とするところである。ところで、強姦が同条にいう「犯人ノ身分ニ因リ構成スベキ犯罪行為」であるか否かについては若干疑がない訳ではない。蓋し収賄罪のごとく、その違法性の実体である職務に関し不正の利益を収受することは公務員に非ずとも可能であるのに対し、女性が強姦罪の本件たる婦女を自ら姦淫することは、太陽が西から昇るとも、金輪際不可能であるからである。しかし、それは兎も角として右判例と異なり同条にいう「共犯」の中には純理上正犯は含まれないとし、あるいは尊属殺の如き不真正身分犯についてのみ共同正犯の成立が認められるが身分なき者の加功については減刑を相当とする有力な学説があり、かかる規定を欠くドイツ刑法の下においては、純理上身分なき者は正犯たり得ないとされ、教唆の成立も認め得ないとする学説すら存するのである。わが刑法の解釈として同法第六五条第一項の「共犯」の中には、正犯が含まれるとしても、教唆、幇助を正犯なりと擬制する趣旨でないことは云うまでもない。之を本件強姦事犯について勘案するに、強姦罪は収賄罪の如きものとは異なりその実体たる姦淫行為は女性によつては絶対に実現し得ない不可能事である。女性自ら女性を姦淫することが事実上不能である以上、女性に姦淫の犯意を認め得べき筈がなく、理論上正犯たり得ないものと云わなければならない。然るに第一審判決並びに原判決は前記の如く幇助を論ずべき本案件につき、刑法第六〇条、第六五条第一項を適用し、被告人を強姦の共同正犯に問擬したことは法律の解釈適用を誤つたばかりでなく、前記最高裁判所大法廷の判例の趣旨に抵触する判断をしたものと思料する。<第三点省略>

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